でザイナーらしからぬ

でなりの雑記。ツイッターで済ませたくないこと書くとこ。

ARな世界観でデジタルとアナログの忖度を支える鷹の目

ARプロダクトをデザインし始めてはや2年。

改めて強く感じたのは、AR時代のデザイナーには今以上にUXっぽい観点が求められると感じる。特に大切なのは「鷹の目」でユーザー体験を考えること。

現実世界を拡張することが書いて字の如くなARのコンセプト。つまり我々ARコンテンツクリエイターにとって「現実世界の状況」というのはかなり密接なものである。

たとえば観光するアプリを考えたとき、「目的地への道順を地図で確認するのではなく、犬を追いかけると到着する」とか、「名所の見所を観光ガイドらしく止め絵の写真と文字ではなく、あそこが見所!と直接指し示す」とか。表現の仕様もかなり拡張される。

しかし同時に、制約や変数もかなり増える 例えば京都を観光してるのにビビッドカラーのマスコットが道案内をしてしまったり、デジタルなデザインの矢印をお寺の中に張り巡らせてはせっかくの景観ももったいないわけだし。

しかも例えば犬がナビをする例を実現するには、「すんげえオクルージョン」「誤差がかなり少ない測位」といった、道の形を正しく把握できる何かしらの技術が必要なはずで。

こう考えると、現実とデジタルを一体化するというコンセプトには、双方の忖度が必要になると思う。

たとえば現実世界ではオクルージョンのしやすい道路をつくったり、現実的なとこだとGPS以外の精度の高い測位手段を街中で提供したり。

デジタル側も、景観を壊さない各種表示を行わなければならない。

この双方の忖度を必要とされるプロダクトのデザイナーもやはり、双方に忖度できる人でなくてはならない。

技術の限界をもっと広い分野で知り、現実の状況を知り、人の動きや感じる気持ちも当然知り。

そのうえでアンチパターンを踏まずにできるアプローチを打つためには、鷹の目を持ち、「ここはデジタルには無理だからアナログなアプローチで」「ここはアナログには無理だからデジタルなアプローチで」と細かく行き来し使い分ける必要があるのではないかと、今日このごろ思います。

(通勤時間というものが久々に発生したため、その時間をたまには思考整理に充てるべくブログを書きました。またそのうち書きます。今日もお疲れした!)